設計事務所の朝とコーヒー

コーヒーのある暮らし

見習い時代、初めて入った憧れの設計事務所で、先生に一杯のコーヒーをつくることが私の毎朝の仕事だった。

真冬の早朝、古い木造2階建の小さな一軒家を改装した事務所は、夜の冷たい空気をめいっぱい室内に取り込んで、これ以上ないほど冷酷に冷え込んでいる。

暖房のスイッチを入れて、キッチンでかじかんだ手をお湯で洗うと、BALMUDAのケトルでお湯を沸かす。
その間に、まだ感覚の戻りきらない指先を開いたり閉じたりしながら、コーヒー豆をミルで中細引きに挽いていく。

ぐーぱーぐーぱー、ごりごりごり。

先生は朝の一杯のコーヒーに( というより生活に関わる全てのことに )とても強いこだわりがある。
とりわけ、手作りのものや手間をかけて丁寧につくられたものを好むので、かつては自分で焙煎も試みたこともあった。

しかしながら手動式の焙煎は難しく、焦げ臭かったり、苦かったり、渋かったり、つきっきりで豆のご機嫌を伺いながらカラカラカラカラとやるには時間もかかる。
一度なんか、仕事の合間に焙煎をしていて少し目を離した隙にキッチンからもくもくと煙が立ち上り、執務室まで煙と豆の焦げた臭いが入ってきて大変なことになった。
それ以来、焙煎はお店のプロの方にお任せすることにしている。そちらの方がきっと美味しいし、煙で目をしばしばさせる心配もない。

ごりごりとミルで豆を挽いているとふんわりといい香りが漂ってきた。
カップをお湯で温めながら、ペーパードリップで丁寧に抽出していく。

下っ端見習いの私の唯一の贅沢は、この挽きたて、入れたて、出来立てコーヒーを毎朝一番のりで飲めること。

ひとくち啜るとじんわりと冷えた身体に染み込んでいく。
鼻から抜ける香りが今日も1日頑張ろうという気分にさせてくれる。

事務所に入って仕事よりも先に教えられたことは、日々の掃除と仕事道具や身の回りのモノの手入れ、生活を豊かにすること。
「 日常を大切に出来なければ良い設計はできないよ 」
先生のこの言葉は今でも私の心によく染みついている。

一息入れているとガチャリと扉が開く音がして、おはよーと言いながらコートとマフラーをハンガーに掛ける気配があった。
先生がデスクに腰掛けるところで湯気のたつコーヒーカップを持って行く。

「 ありがとう。いい香りだね。今日もよろしく 」と言いながらカップを受け取り、今日も事務所の1日が始まる。

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YOUR SIDE COFFEE ライター

建築設計事務所主宰